灰の森通信

二三川練の感想ブログ

【一首評】手のひらに潰せなかった蚊の脚が揺れて、揺れ続けて、夏果てる/藤宮若菜『まばたきで消えてゆく』(書肆侃侃房 二〇二一年六月)

手のひらに潰せなかった蚊の脚が揺れて、揺れ続けて、夏果てる/藤宮若菜『まばたきで消えてゆく』(書肆侃侃房 二〇二一年六月)


 連作「そのみずうみに浮かぶものたち」より。読点がそのまま句切れとなるが、一つ目の読点は軽く二つ目の読点が深い句切れとなっている。「潰せなかった」とは「潰しきれなかった」ということだろうか。瀕死になりながらも生きている蚊の脚が惨めに揺れながら夏が終わっていく。この蚊はどうやら「わたし」のようでもある。短歌として読解するとき、この「蚊」は殺せなかった感情や生き延びている自分自身の暗喩として読むことができる。するとこの「手のひら」が釈迦のようにも見えてくる。
 蚊の生殺与奪を握りながら、自身も自身の生殺与奪を握り、かつ握られている。脚が「揺れ」るという表現からは、生命力はほとんど感じられない。自らの意志ではどうにもできない身体のまま夏が終わってゆく。いっそ一思いに殺して――殺されておけばよかった。静謐な具体描写と暗示性が両立された一首。