灰の森通信

二三川練の感想ブログ

歌壇賞2021応募連作

  血          二三川練

 

人の血と蚊の血混ざりて手のひらは風穴のごと濡れていたるを

 

射殺せよか細き鹿を嬲る手と嫐らるる手のやわらかき肉

 

此の世の樹わが足跡(そくせき)に生えたれば麒麟はにがき林檎を齧る

 

無防備な頸をさらせり缶ジュース最後の一滴まで飲みほして

 

太陽に白くなりたる背表紙のならびておればほの暗きかな

 

稚さよ 胸の裡にはとどかねどコルクボールを蹴りあう帰路よ

 

天道虫つめたしわれの手のひらを握られながら這いでるものを

 

完全な人になりたし煤煙は海へとのびて海をわたらず

 

人間を殴れど割れぬ酒瓶のゆえなき哀しみなどとささやき

 

字にあらぬ雁の群れ宙空をよぎるわれらを見透かしもせず

 

人の種を絶滅せしめミアキスは冴ゆる小川に牙を洗いぬ

 

墜ちながら死せる仔雀その死屍を刺せよバベルのごときヒールよ

 

涜すことは慰さむること骨の手に性器は曲がるほど握られて

 

何がため勃てる中指空色の爪にかぶされたるフィンドムは

 

(女なら)誰でもよかったまひるまのテレビにかくも光る包丁

 

《女には分からぬ世界》拡がりて空の玉座の赤き背もたれ

 

生き人の肉かきわけてある顔のくちづけすれば微笑みたるを

 

わが皮膚を着るならば犬なまぬるき舌に水蜜桃ほころびぬ

 

領土のごとく性感帯は拡がりぬわが身は誰の贄となるらん

 

こわれやすき犬 こわれたる犬 隙間を抜けてゆくヒーリーズ

 

共感の先を語れぬ非力さの夕陽に紅く燃ゆる群衆

 

くれないの天より生うる百日紅陽光こぼれおちてさみしえ

 

悦びが自死にあるらしバサバサと欅の道は時雨ていたり

 

カレンダーめくられぬゆえ一生を言祝がれたるわが誕生日

 

水槽を紙のごとくに揺らめけるネオンテトラはうすく光りて

 

月の香のなおうつくしきわれのため死なねばならぬ猫抱きて去る

 

浴室に脚ほそながき蜘蛛のいてぬるきシャワーは追いつめにけり

 

踊る 皮膚のない指で 生まれすぎた猫を絞め殺して

 

初雪のヨットのごとき騎乗位のしずかなる部屋しずかなる朝

 

シリコンの冷ゆる乳房にうずもれてどうして泣くんだろう人間が